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『美しい日本語』 です。

ちゃんと、場面によって、
尊敬語、謙譲語、丁寧語、ネット語(笑)を使い分けられる
人間でありたいと思いますし、
皆さんにも、そうであって欲しいと、切に願います。

全ての学問は、常にエレガントでなければならない。
数学者がエレガントな解を求めるように、また、
国語という学問も、エレガントであることが重要。
(って、勝手な意見ですけどね^^;)
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特にないな。。。

あるとしたら。。。

この歳になってから通信制高校に通っている漏れの存在かな。。。

ヽ( ´ー`)ノフッ
喜びまくりんぐ。(ノ∀`*)
ナンパしまくりんぐ。(ノ∀`*)
本望でございます(By NO PLAN)
昔は多分、太宰治の『走れメロス』だったかなぁ・・・。

今年、書くとしたら
『博士が愛した数式』かな?
#今更か?

それか、集英社の思惑にハマって買ってしまった
デスノート表紙の『人間失格』太宰治・・・。

結局、太宰治かよっ!
貴方に出会えて、有難う。
そして
今、生かされている事に、有難う。
夜。
#またしても、それだけかいっ!
ビール






・・・それ、食べ物じゃ、ないから。
本屋さんで『読書感想文』コーナーを見かけた昨日。
夏休みを感じました。
此処に出てくる数式(或いは数学の概念)は凡そ小学校高学年なら
理解できるはずである
#オイラーの公式(e^{πi}+1=0)を除く
数学の寛容さは人間の持っているものである。
数学の美しさは人間の持っているものである。
数学の潔さは人間の持っているものである。
それを教えてくれる小説である。
決して、小難しい数学の解説を述べているに過ぎないものではない。
また、それを望むなら、しかるべき解説書を読むべきである。
此処に描かれているのは、80分しか記憶の持たない元教授と、
其処に派遣された家政婦と、その息子の『人間性』だと思う。
そのコミュニケーションの手段が数学であり、
その表現方法が数学なあるだけである。
そして博士の記憶の時間は壊れていく。
それは、証明できたと思っていた命題が、ある一文がなかった為に、
不完全な証明となってしまうように・・・。
時間が壊れていく博士と同時に、成長していく息子。
同じ『時』を歩みながら数学は何時しか、
ツール以上の物になっていく。

決して、数学とは遠い存在のものではないと改めて教えてくれる。
私の中に数学が根付いているなら、何を示してくれるだろうか。
これからゆっくり、見付ける心算。
それよりも、私自身、鏡を見ないので
どうだか気になり始めた。。。

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