上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『半落ち』

今更ながら、読了。
しかも、映画のDVDを見た後に、である。
小説を読み始めて直ぐに『失敗した』と思った。
何故なら、小説の持っていたはずのテイストが、
寺尾聰氏の演技によって、全て消されてしまったからである。
私自身が寺尾聰氏の大ファンであるからかもしれないが、
常に寺尾聰氏が浮かんでくるのである。
ただ、小説の構成は非常に感銘を受けた。
事件の時系列に沿って、視点をずらしながら、的確に展開される
ストーリー。
これは、技あり、だと思わされた。
DVDを見る前なら、もっと、深い感銘を得られたに違いない。

今後、映画を見るときは、原作があるなら、
原作を読んでから映画を見るべきだ、
そうすべきである、そう思った。
スポンサーサイト
此処に出てくる数式(或いは数学の概念)は凡そ小学校高学年なら
理解できるはずである
#オイラーの公式(e^{πi}+1=0)を除く
数学の寛容さは人間の持っているものである。
数学の美しさは人間の持っているものである。
数学の潔さは人間の持っているものである。
それを教えてくれる小説である。
決して、小難しい数学の解説を述べているに過ぎないものではない。
また、それを望むなら、しかるべき解説書を読むべきである。
此処に描かれているのは、80分しか記憶の持たない元教授と、
其処に派遣された家政婦と、その息子の『人間性』だと思う。
そのコミュニケーションの手段が数学であり、
その表現方法が数学なあるだけである。
そして博士の記憶の時間は壊れていく。
それは、証明できたと思っていた命題が、ある一文がなかった為に、
不完全な証明となってしまうように・・・。
時間が壊れていく博士と同時に、成長していく息子。
同じ『時』を歩みながら数学は何時しか、
ツール以上の物になっていく。

決して、数学とは遠い存在のものではないと改めて教えてくれる。
私の中に数学が根付いているなら、何を示してくれるだろうか。
これからゆっくり、見付ける心算。

ヴィヨンの妻

『ヴィヨンの妻』
 太宰治・著/新潮文庫・刊

収録作品は次の通り

 親友交歓
 トカトントン
 父
 母
 ヴィヨンの妻
 おさん
 家庭の幸福
 桜桃

中学生の頃、太宰治を読んでいた。
歳月を経て、太宰治を読み返して思う事。

『我が骨身に沁みている』

『桜桃』など、正しく。

もの思う葦

『もの思う葦』
 太宰治・著/新潮文庫・刊

随筆集。
初期のものから、晩年のものに至るまで、収められている。
収録作品は、次の通り。

 もの思う葦
 碧眼托鉢

 古典竜頭蛇尾
 悶悶日記
 走ラヌ名馬
 音に就いて
 思案の敗北
 創作余談
 『晩年』に就いて
 一日の労苦
 多頭蛇哲学
 答案落第
 一歩前進二歩退却
 女人創造
 鬱屈禍
 かすかな声
 弱者の糧
 男女川と羽左衛門
 容貌
 或る忠告
 一問一答
 わが愛好する言葉
 芸術ぎらい
 純真
 一つの約束
 返事
 政治家と家庭
 新しい形の個人主義
 小志
 かくめい
 小説の面白さ
 徒党について

 田舎者
 市井喧争
 酒ぎらい
 自作を語る
 五所川原
 青森
 天狗
 春
 海
 わが半生を語る
 『グッド・バイ』作者の言葉

 川端康成へ
 緒方氏を殺した者
 織田君の死
 豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説
 『井伏鱒二選集』後記

 如是我聞

人間失格

『人間失格』
 太宰治・著/新潮文庫・刊

兎に角、読む事。
それに尽きる。
それしか、ない。

凡人にはそれしか出来ぬ。
愚者なら、尚更、である。
賢者なぞ、この世にはあらずとも、
賢明ならば、兎に角、読む事。

ああ、そうとしか云えぬ自分に恥じ入る。
それも、太宰治に云わせれば、ポオズ、なのであろうか。
果たして・・・。

二十世紀旗手

『二十世紀旗手』
 太宰治・著/新潮文庫・刊

収録作品は次の通り
 狂言の神
 虚構の春
 雌に就いて
 創世記
 喝采
 二十世紀旗手
 HUMAN LOST

 『生れて、すみません』
これは、二十世紀旗手の表題に附された、太宰治の有名な言葉である。
誰に謝っているのだろうか。。。
誰を求めているのだろうか。。。

パビナール中毒と自殺未遂の、太宰治前期の作品集。
夫ある女と心中しそこない、女だけが、亡くなってしまった。
精神病院での話も収録されている。

前期の代表作『晩年』や後の『人間失格』に繋がる、
作品群であると思う。

グッド・バイ

『グッド・バイ』
 太宰治・著/新潮文庫・刊

収録作品は次の通り
 薄明
 苦悩の年間
 十五年間
 たずねびと
 男女同権
 冬の花火(註:戯曲)
 春の枯葉(註:戯曲)
 メリイクリスマス
 フォスフォレッセンス
 朝
 饗応夫人
 美男子と煙草
 眉山
 女類
 渡り鳥
 グッド・バイ(註:未完)

太宰治には珍しい、戯曲が2編、収録されている。

フォスフォレッセンスがどんな花なのか、知りたい。
#答えは夢の世界で与えられるのであろうか

グッド・バイは、太宰治の遺稿である。
この話の続きが読みたい。
どうしても、読みたい。
だが、それは永遠に、この世では叶わぬ事となってしまった。
夢の世界で、彼が私だけにそっと語ってくれるだろうか。
ともかく、誰がこの続きを書いたとしても、
駄文以外、何もならない。
『清朝の王女に生れて』
 愛新覚羅顕(あいしんかくらけんき)・著/中公文庫・刊

清朝粛親王第17王女として生まれた、著者の人生を
自ら語った貴重な本である。

日本でいう、昭和の時代の中での、
中国という国に起きていた事の真実を、
著者の言葉で、淡々と、綴ってある。

教科書や参考書などでは知り得ない事実。
それを、読み易い文章で、あっけらかんとして、述べてある。

尚、著者の同腹の姉は、川島芳子(愛新覚羅顕玗)である。
『男装の麗人 川島芳子伝』
 上坂冬子・著/文春文庫

清朝粛親王第14王女愛新覚羅顕玗(あいしんかくらけんう)、
日本名、川島芳子の、その生涯に迫った作品である。
脚色は一切なく、出来る限り、彼女の本質に迫っている。

川島芳子の生涯は、何とも波乱であった。
詳しくは、本に譲るとしても、
彼女に魅力を覚えずにはいられない。

漢奸として処刑されたのは、何とも口惜しい。
生きて、妹君のように、自らの言葉で、
その生涯を、語って欲しかった。

最後に、銃殺刑となった彼女の胸ポケットに
入っていたという、彼女自身が愛した詩を・・・。

『家あれども帰り得ず
 涙あれども語り得ず
 法あれども正しきを得ず
 冤あれども誰にか訴へん』

#米国立公文書館には次のような英文資料が保管されている
 I have a home; but where I cannot return,
 I have sorrow; which I cannot disclose,
 I have a law; which cannot protect me,
 I am innocent; but I have no one to appeal to.
『さよならを言うまえに 太宰治 人生の言葉292章』
 河出文庫・刊

太宰治の、あらゆるエッセンスが凝縮された本である。
いろいろな、太宰治の著書の中から、
編者(巖谷大四)によって選び抜かれた名言が
惜しげもなく、散りばめられている。

そうとしか、云い様がない。

私にとっては、此処に書かれた言葉たちは、
今も尚、煌き続け、魅了し続けるものたちなのである。

それが一体、何者なのか。
天使なのか、悪魔なのか、同病相哀れむなのか、わからないが、
私の自我の原点は、此処にある。
この、言葉達の中にある。

 | BLOG TOP |  NEXT»»


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。